三十路目前ニート女が人生変えた話

社会の底辺だった腐りかけの引きこもり女が、引き寄せをやったら何だかうまくいって、年収850万プレイヤーのダンナを捕まえて二児の母をやらせてもらっているという話。

追い詰められるオープン前

横文字・暗記の1週間

10年間、勉強らしいことから遠ざかっていた頭にキツかったのは

  • メニューが英語表記
  • 料理用語は基本フランス語
  • 暗号のようなワインリストの内容を、飲んだこともないのに説明可能な程度頭に入れておけと言われること

世間知らずで思い至らなかったのが、調理場の世界ってめっちゃ体育会系。

こっちが知ってようが知るまいが、お構いなしに専門用語バシバシ出してきて、説明してる暇なんかあるか!怒鳴られるの覚悟で食い下がって聞いてこないなら、それで終了だ!というのが当たり前。

オープン3日前だったか、料理長がオープン後に出すコースの見本を発表して、料理の付け合せや素材、ソースの種類を説明するからメモを取って覚えておくように、とKさんYさんから指示されました。

社員もパートもサービススタッフは全員お皿の前に集合し、料理長の説明を聞くのですが…

何言ってるのか分からない。

待って。あにょ?って何?がろにがるに?どっちが正しいかわからないから質問できない。なっぺする?ロティして?ケレスソースって言われても。ローストビーフに、れふぉーる??

 

周りはみんな、黙々とメモを取り、「把握した」な空気。

この時、かなり「やべえ」と思いました。

 

※その時取ったメモ、言葉に頼らず見た目で把握しようと必死。

 ここで、フランス語辞書料理用語辞典の意味がやっと分かりました。

自分で勉強しろと。

もう寮に帰ったらへっとへとなんですけど、それ言ってらんないぞと。

 

作業マニュアルも、A4用紙にびっしり30枚とかで覚えきれる量じゃないんです。

小さいノートに写してコンパクトにして持ち歩き、いつでも調べられるようまとめておかないと詰む

危機感をビンビン感じて、休みの前日、夜なべでマイノートを作りました。

 

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 この頃には、脱走者が出る、という噂も納得できる程度に、追い詰められたパート勢でした。

 

おとぎの国

ホテル内のそんな喧騒とは裏腹に、避暑地の自然は素晴らしいものでした。

初日に散策した時あまりの水の美しさに感動し、何ここはおとぎの国なの?精霊とかいそう!と興奮してしまうくらい。

これはウォーキング捗るわ、絶対歩きまくるわ~!と思ったのですが、前述のように全く時間や気持ちに余裕がなくなったため、到着後半月はウォーキングできずでした。

 

オープン初日になるのは4月の最終週、GWが始まる頃です。

5月頃は東京だと夏日も増えてくるのですが、山では雪がやっと溶け始めて2月~3月位の気候になります。

東京の冬の防寒具がちょうどいいくらいの寒さでした。

 

GWがオープン直後に始まるため、使えない下っ端を抱え繁忙期を乗り切らないといけないという、現場の社員さんに一番負担がかかってしまうのがこの時期。

ここで人間の本性が見えるというか、ふだん優しくても切羽詰ると切れたり、失敗を下に押し付けたり、オロオロしたり、といった面が見えてくる社員さんもいて、見る目が変わったりしてきます。

もちろん逆に、苦手だった人にフォローしてもらって打ち解けたりもしてくる頃でした。

Rちゃんの話す内容に、一定の人物のことが多く登場するようになってきたのに、女子チーム全員が気づいてました。

中堅の独身男性社員さんで、2ヶ月後には任期が終わり、本社に帰る人です。

帰るってことは、Rちゃんとうまくいってもその後から離れ離れだよねえ、どうなるのかな…と少し心配でした。